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2013年07月 アーカイブ

2013年07月07日

子リスが「場面緘黙症」という言葉を知った日

今回は、現在の子リスの話です。

 中学校に入ってから、子リスは時折、学校で喋ることが出来なかった頃のことについて、自分からぽつぽつと話すようになりました。
「何だったんだろうなあ。」
「『いつか喋れるようになると思っていなさい』とお母さんにずっと言われていたから、そうは思っていたけど。」
「でも、もしかしたらこのままかもしれない、と思ったこともあった。」
「喋れない状態に、慣れてしまうっていうのもあった。」
…といった具合に、私が夕ご飯の支度をしているところへふら~っとやって来て、前置きもなく話し始めたりします。

 そして今年(2013年)の春ごろ、子リスはついに(!)、「場面緘黙症」という言葉を知りました。全く偶然のことでした。或る日の夕方、学校から帰った子リスが、前の晩に録画してあったテレビ番組を見ていた時のことです。それは、「ザ!世界仰天ニュース」という番組でした。
 アメリカの、小学校一年生の女の子の話が取り上げられていました。家ではとても陽気でおしゃべりなのに、学校に行くと一言も喋らない。学校の先生から「〇〇ちゃん、おうちではお喋りしていますか?」と連絡があって初めて、両親は娘が学校で一言も発していないことを知らされる…。

 台所からカウンター越しにテレビを眺めていた私は、このエピソードが始まってすぐに、「あ…これはもしかして…」とドキドキしはじめたのですが、慌ててテレビを消すようなものでもない気がして、そのまま、テレビと子リスの背中とを見比べながら、なりゆきを見ていました。

 〇〇ちゃんの両親は女の子に、「ちゃんと学校でもお話しないとダメよ」と言い聞かせるのですが、女の子の状態は変わらず、そのうちに学校では、喋らないことでクラスメートからあだ名をつけられたり、いじめられたりするようになります。
…ここでテレビの画面に、大きく、「場面緘黙症」という文字が。

 私は「あっ」と思いましたが、その瞬間子リスが私の方を振り向いて、
「これ…?」
と、まんまるい目で尋ねました。驚いた顔、でもショックというよりは、単純に大発見をした時のような表情に見えました。
 今更隠しても仕方がない。もう十分大きくなったのだから大丈夫。そう思って私は、「ああ、うん。」
と答えました。

 場面緘黙症という言葉を知ることは、いずれは(ある程度自分の問題を認識してそれに取り組むという段階になったら)必要になるかもしれないとは考えていましたが、私は子リスが小学生の間中、子リスをその言葉に触れさせないようにと、神経を使っていました。
 今思えば、その言葉を本人が知ることは、もしかしたら大したことではなかったのかもしれません。悪影響があるというわけでもないと思います。でも当時、本人に「病感」を持たせない、ということに、執着に近いほどこだわりを持っていた私は、必死でそれを“隠して”いました。ですから、今子リス本人が「緘黙症」という言葉を知り、それについて語っているのを見る時、何とも言えない感慨を覚えるのです。

 子リスは、少し照れたように話し始めます。
「ねえ、あの、ほら、何だっけ、場面沈黙?」
「ちんもくじゃない。かんもく。」
「ああ、それそれ。それって、お母さんはいつから知ってたの?」
「子リスが小学校に入ってすぐぐらいかな。」
「ふーん。いろいろタイヘンだったんだねえ。」

 それから子リスは少しずつ、緘黙症というものについて私と話をするようになり、このブログの存在も知りました。なにしろ6年間の空白を埋めるべく、記憶をたどりつつ書いているブログなので、本人に確かめたいことも山ほどあるのです。教えてもらえれば随分助かるのですが、これはとてもデリケートな問題に違いありません。本人にとって、過去を詳細に思い出すことがストレスになったり、今の状態に悪影響を及ぼしたりすることがあってはいけないので、私にも躊躇がありました。それで、おそるおそる、
「時々、前のこと…子リスがどんな気持ちだったのかとか、聞いてもいい?」
と“お伺い”をたててみると、あっさりと
「ウン、いいよ。」
との返事。多くの事に関して、あまり考えずにすぐ「いいよ」「いいね」というのが子リスの特徴の一つではあるのですが、今回はTシャツの柄とか、夕飯のおかずというレベルの話ではありません。こんなに大事なことをそう簡単に承諾していいの?本当にわかってる?とも思いましたが、そんな子リスも、どうしても「心にそぐわないこと」に関しては、「どうして?」「それはちょっと…」と、ゼッタイに承諾しない子であることも知っているので、有難く、時々本人の意見を頂戴することにしました。

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2013年07月16日

ビデオの利用について 

 ところで、「ザ!世界仰天ニュース」のアメリカの少女はその後、担任の先生の発案で、家で家族と楽しくお喋りをしている様子をビデオに録画し、それを学校でクラスメートに見せるということを試み、それがきっかけとなって、少しずつ緘黙症を克服して行っていました。

 実は当時(小学校1~2年生時代)、特殊教育の専門家である昔の友人に子リスの事を相談していたのですが、彼に、「喋っている声を録音して、クラスで聞かせる」という方法を教えてもらったことがありました。友人は、「それも『あり』だと思う」という控え目な言い方で紹介してくれ、私はそれこそ、「へえー、そんな方法もあるんだ!」と、考えもつかなかった方法に驚いたものでした。そして、もしかしたら…と思い、子リスが国語の教科書を音読する様子をビデオに録るところまでやってみました。

 でも、その後実際に先生にお願いして、クラスで見せてもらうことはしませんでした。
それは、その頃はまだ、「喋れない」ことが子リス本人にとって「漠然とした」感覚であり、それをはっきりと認識することを、どこか必死に避けているように見えていたからです。
たまに会う親戚や知り合いに、
「子リス、学校で喋ってる?」
と聞かれると、苦笑しながら
「まだちょっと…」
と答えていたものでした。
僕は喋る準備が出来ていないだけなんだよ。喋っていないことを問題視しないでくれ、と言っているように、私には思えました。

 だから、その段階で「子リス君は本当は喋れるんですよ」とクラスでビデオを見せたりすることは、「みんな、僕が喋れないことに関心を持っている」「僕の今の状態は問題なんだ」という意識を強めてしまうような気がして、まだその方法はとれないと感じたのでした。
 また、子リスの性格についても、(例えばアメリカの少女と比べて)そんなに素直じゃない、といって悪ければ、勘がよくて複雑だ(つまり一筋縄ではいかない…)と感じていましたから、私の提案を受け入れないだろうとも思いました。

 実際は、試してみたらどうだったのかな…。「仰天ニュース」でのビデオの利用を見てから、改めてこの方法について考えた私は、子リス本人に尋ねてみました。

「そんな方法もあったんだね。これ、やってみてたらどうだったかな。」
「ボクにはちょっと…。」
「どうしてそう思うの?」
「うーん、そうやって特別に何かされるのはイヤだったと思う。『喋るのが少し苦手な子』ぐらいに思っていて欲しいのに、そういう風にクラスでビデオを見せられたりしたら、『喋れ!喋れ!』って言われてるような気がしたと思う。」
「そっか。そうだよねー。ナルホドね。」

 でも、やり方によっては、それから、本人の状態によっては、クラスでビデオを見せたり、録音を聞かせたりする方法も有効だったかも知れない…とも、今は私は思っています。本人に黙って、という訳にもいかないでしょうから、無理のないようにちゃんと話すか(どうしてもイヤだと言えば仕方がありませんが)、または限りなくさりげないやり方で(偶然を装うなど…?)、とにかく「自分が喋っている様子をクラスメートが見た」という経験をしたら、固くなっている声の出口が少しやわらぐような、心の状態に近づける可能性はあるような気はします。

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2013年07月30日

2年生時代 その④ デカパン競争

 9月。今年も運動会の時期がやって来ました。
 幼稚園時代から毎年、私達家族にとって、運動会は年度内一と言っていいほどの「注目イベント」です。「今年は何をやってくれるのか?」と、家族みんなの期待と不安が高まります。 

 年中の時…。徒競走では、スタートからゴールまでゆっくりと、歩きました。年長の子とペアでやるサーキット(障害物競争のようなレース)では、「何でこんなことしなきゃならないんだ」とでも言いたげな顔で、ペアになった子にシャツの裾を引っ張ってもらって、輪くぐりやジグザグ道などを進んでいました。本当は手をつないで行くのですが、子リスは、お友達と手をつなぐということが出来なかったのです。(そういえばその頃、「ボクにも、テナガザルみたいなシッポがあったらいいのに。シッポならつなげるのに。」と言っていましたっけ…。)玉入れも、ダンスも、ただ輪の中にいるだけで、殆ど何もしませんでした。
 年長になっての運動会、「徒競走、今年は走るか…?」という家族の注目の中、なんと手を体の後ろに組んで、ゴールまでスキップで行きました。
 そして昨年、小学校生活最初の運動会で、ついに子リスは走りました!
徒競走で「走った」とは、至極当たり前のことですが、子リスにとっては大きな難関を突破したこと、そして私達家族にとっては、校内第一位になったかのような喜びでした。 

 さて今年は…残念ながら、二年生には徒競走はなかったのです。その代わり、「デカパン競争」というものがありました。それは、それぞれのチームの色の巨大なパンツに、子どもが4人ずつ並んで入り、(子どもの胴体がすっぽり入るサイズです)パンツが落ちないように手で掴みながら、4人で足並みを揃えて走る、クラス対抗リレーです。
 今回「青組」だった子リスは、他の3人の子と一緒に水色の巨大パンツに入って、出番を待っていました。背の高さがバラバラだとやりにくいため、背の順に4人組が作られます。小さい子リスの組は当然みんな小さく、巨大パンツからは小さい頭だけが四つ、お団子のように並んでいました。
 出番が近づいて来た時、子リスの組は、なんだかモゾモゾ…。
ん?何をしてるんだ??と思ったら、子リスが必死に、耳をふさごうとしているのです。そして、パンツの上の部分を握ったまま手を耳に持って行こうとするので、パンツは上にあがり、みんなの顔を隠してしまうのです。幸い他の子ども達は、どうしてパンツが上がって来るのか気づいていない様子。

 実は子リスは、「大きな音」がとても苦手で、運動会のスタートのピストルの音も、恐怖の一つでした。幼稚園の運動会では、スタートにホイッスルが使われていたので問題はなかったのですが(走りはしなかったけど…)、小学校からはピストルの大きな音です。昨年の運動会でも、徒競走のスタートでは一生懸命に耳をふさいでいましたが、昨年の担任のA先生がスターターだったことにも励まされ、何とかスタート出来ました。今年も、運動会の練習が始まった頃から、家で「ピストルの音はなんであんなに大きいんだろう…」と悩んでいたのでした。

 子リスが「デカパン」を引き上げるため、四つ並んでいたおダンゴ頭は、半分しか見えない状態になっていましたが、ついにピストルが「バーン!」と鳴ると、子リスは耳から手をおろし、パンツは元の位置に戻って、4人は走り出しました。
パンツの下から出た八本の短い足が、もつれるように動いています。途中で、女の子の一人が転んでしまいましたが、すぐにみんなで助け起こし、また4人並んで走り、そして無事、次の組にタッチしました。

 偶然、スタートを待つ子リスの組の様子を、広報委員の方がアップで写真に撮って下さっていました。子リス本人は、「これ、やだ~。」と嫌がって、あまり見ようとしませんでしたが、それは私の、ひそかな「小学校時代の子リスの写真、お気に入りベスト10」に入っています。

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