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2014年08月 アーカイブ

2014年08月17日

2年生時代 その⑧ “こだわり”

 例えば、階段を下りる時に手を繋がないで下りたかったのに、お母さんが手をつないでしまった。だからもう一回上まで行って、今度は手を繋がないで下りる、つまり「やり直し」をする。…というようなことは、おそらく子どもの自我が目覚める頃の“成長過程”として普通に見られることなのではないかと思います。子リスもよくこの「やり直し」をしたものでした。
 その延長線上にあるものだったのかどうか、今もよくはわからないのですが、物心つく頃からの子リスは、随分といろいろなことにこだわるようになっていきました。子リスを育てる中で「手が焼ける」要因の第一はまさにその「こだわり」でした。

 基本的に、「自分がこうすると決めたことをしないと気が済まない。それが出来ないと、泣く・怒る・騒ぐ」という特性(?)です。
 2年生の時が、そのピークだったように思います。朝、学校へ行く支度が済んだ後、どういうわけか、ポケモンの指人形を床の上にきれいに並べてからでないと出掛けられない、という癖がありました。ポケモン達の並ぶ順番もその日によって決まっていて、それを真剣に考えながら、50~60個あった人形を丁寧に並べて行きます。
 それに一体どういう意味があるのか、なぜ忙しい朝にそれをしなければならないのか、全くわかりませんでしたが、とにかく子リスは、それをすると決めていたのです。でも人形を並べ終えれば、よし、じゃあ行って来ます、という気持ちになれるようだったので、ポケモン並べは朝の支度の一環として…毎日淡々と行われていました。
 大変なのは、一個でも見つからない人形があった時です。「ないよ、ないよ。どうする?」とパニック状態になります。それでも、登校班の集合時間に遅れるわけにはいかないので、半泣きのまま出て行ったりもしましたが、そういう時は、見送った後「大丈夫かな…」とずっと心配だったものでした。
 そういえば幼稚園時代にも、朝の支度で必ずやっていたことがいくつかありました。(髪の毛をとかす時に、櫛2本・ブラシ2本を鏡台の上に並べ、それを2本ずつ順番に組み合わせて使う、とか…歯磨きの手順が細かく決まっているとか…)

 この不思議な、不可解なこだわりに、周りはいろいろと煩わされ、心配もしました。今思うと、「よくまああそんなことにつきあったねえ」と自分でも呆れます。でもなぜか、子リスがこだわってやっていることは、(出来る範囲で)やらせておきたいような…無理矢理やめさせてはいけないような気がしたのです。まあ、そこで「そんなことしなくていいの!」と言ったところで聞く子リスではないことはわかっているので(それまでにこちらが慣らされたので)、不毛な争いはせず、平和に過ごしたかった、というのも、ありますが…。

 それでもやっぱり不安はあったので、当時保健センターでお世話になっていたUさんに話してみました。Uさんは、「こどものこだわりは不安の表れ。こだわることが強くなったり、多くなったりしたときは、不安が大きい時」とおっしゃいました。それを聞いた時、「なるほど!」と、心底納得したことを覚えています。ではこのままでいいのでしょうか…?と相談すると、「本人がやりたいことはやらせておく。でも、時間を守る、とか、誰かの迷惑にならない、とか、そういうルールも一緒に教えることが大事。」とアドバイスをいただきました。それで大手をふって(?)、子リスには「こだわっていること」をできる範囲でやらせることにしたのでしたが、それは私にとってもラクなことでもありました。(なんでこんなことしてるんだろう?ホントに大丈夫なのか?という不安はいつでもありましたが…)

 ところで当時、どうしてそんなに決めたことにこだわり、そしてそれが出来ないと騒ぐのかがあまりにも不思議だったので、一度子リスに聞いてみたことがあります。
「それが出来ないと、どうなの?どう思うの?」すると、
「なんかねえ…怖いの。」
という答えでした。
 怖いんだ…。Uさんの言葉も思い出され、やっぱり、と納得すると共に、この子の不安はどうしたら和らげられるのだろうと、焦りと、自分の無力さを感じたのを覚えています。

 それでも、永遠に続くかと思われた子リスの「ポケモン並べ」は、いつの間にか朝の決まりごとから消えていました。おそらく、時間がなかったり人形がみつからなかったりして、きちんと並べることが出来なかった、ということが何度かあるうちに、さすがの子リスも疲れてきたのだと思います。決めたことが出来なくて不安で、その時は泣きながら家を出たのだけれど、それでも一日、学校で過ごして帰って来られた。そういう、「それでも大丈夫」の経験を積んだ、ということも言えると思います。

 子リスに限らず、“こだわり”に、“面倒臭さ”が勝つことで、いわゆる普通の大人になっていく部分というのはあるような気がします。(その中で、自分にとって本当に大事な、意味のある“こだわり”を持ち続けられたらそれは本当に素敵なことだとも、思います。)
 現在の子リスは、あのこだわりは一体なんだったんだ!!??という程、細かいことに“こだわらない”、いろいろなことに大雑把な(いい加減な)中学生になっています。ただ、「今度はこれをやる」と、独自の企画をするのが好きであることは変わりなく、今も、(忙しい筈の…)受験勉強の合間を縫って、幾つかの“こだわり”のプロジェクトをすすめています。(ちなみに今は、レゴブロックを使ってパラパラ漫画風の動画を作っているようです。)

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2014年08月26日

「友達((R君)」にコメントを下さった いるかさんへ

いるかさん、コメントをいただき、ありがとうございます。
今までお返事出来ずに、本当に申し訳ありませんでした。
だいぶ時間が経ってしまいましたが、返事コメントを書きましたので、もしよろしければ、コメントを下さった日のところ(2月6日「2年生時代 その⑥ 友達(R君)」)の、コメント欄を見ていただければ…と思います。(すみません、どういうわけか、すぐには見られる状態にならないないかもしれないのですが、数日以内には公開されるはずです。)
よろしくお願いします!!

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2014年08月28日

オマケ:小さい頃の“こだわり”エピソードです。

 子リスにとって、「決めていたことをし損なった」というのはまさに一大事で、騒ぎになることが本当によくありました。
 2歳。主人の実家への道路沿いに中古車の店があり、店の前にはマスコットの大きな鳥の人形がいました。いつもそれを見つけては、「あっ、鳥さん!」と喜んでいたのですが、ある時、そこに近づいた時に子リスが外を見ていなかったので、私が「ほら、鳥さんだよ」と教えました。でもタイミングが悪く、「えっ?」と子リスが外を見た時にはもう店の前を過ぎてしまい、“鳥さん”を見逃してしまいました。しまった!言うんじゃなかった!!と後悔してももう遅く、子リスは
「見~た~かった~!!」と騒ぎ出します。そして泣き続けること30分…。

 同じく2歳、マクドナルドに行った時のことです。小さいパンケーキを食べていた子リスは、一つを床に落としてしまいました。「あっ、落としちゃったね。これは汚いから、別のを食べようね」と言って私は、床に落ちたパンケーキをティッシュに包みました。すると子リスは
「食~べ~た~かった~!!」
また来たか…とため息が出ます。

「食べたかったねえ。」と私。まずは子どもに共感してみる…と、本に書いてあったアドバイスを実践してみます。(こういう状況に何度も立たされていたので、いろいろな策を“研究”していました。)しかしこちらのやり方がどこか未熟なのか、それとも心から共感していないことを見抜かれているのか、敵もツワモノで、
「じゃあ食べる。」
(えっ?そう来る?)「うーん、でもこれ食べたら、お腹痛くなるよ。」
「食べる!」
「だってこれ、汚いんだよ。」
「食~べ~る~!!!!!」
このあたりからもう、こちらの理性も危うくなって来て、
「じゃあ食べたら!?」
すると今度は子リスが
「お腹痛くなるから食べない。」
「そうでしょう?やめようね。」
「食~べ~る~!!!!!」
「なら食べなさい!」
「お腹痛くなるのイヤだ!」
「だったらやめなさい!」
「食べたいっ!!」
と子リスは、テーブルを叩き出しました。周りのお客さん達も見ています。こうなるともう、育児本のアドバイスなんかどこかにキレイに吹っ飛んでしまい(つまりキレてしまい)、
「いいかげんにしなさいよっ!」
と、(おそらく)オソロシイ顔で子リスをにらみました。そして、「もう限界」と思った私は、
「そんなに騒ぐ人はお店の中にはいられませんっ!」
と言って子リスを椅子から降ろして脇にかかえ、急いで外に出ました。泣きわめく子リスを無理やり車のチャイルドシートに括り付け、発車します。(こうやって子リスを脇にかかえて店を出たことが一体何度あったことか…)

 車の中でも子リスは、
「お店に戻って~っ!!!!」と、ずっと泣き叫んでいました。そればかりか、バタバタ暴れてチャイルドシートから抜け出して来ようとするのです。車を路肩に停めやすい場所ではなかったので、
「もうちょっと待ってなさい!!」
と言いましたが、子リスはますますひどく暴れます。そうカンタンに子どもが抜けられるような構造にはなっていないと思うけど、必死の形相の子リスを見ると、火事場の馬鹿力が出ていないとも限りません。私は
「黙って座ってなさいっっ!!!」
と、声を限りに叫び続けました。
 何度か車を停めながら、とにかく家まで帰って来て部屋に入った時には、ほっとした気持ちと同時に、怒りがこみ上げてきました。
「なんであんなことしたの!!!!」
 それから延々、子リスを叱った(というよりは怒った)ことは言うまでもありません…。ようやく双方落ち着いた時には、私は喉が痛くなっていました…。
 やりたかったことが出来なくて泣いたり癇癪を起したりするのは、子どもにとっては当たり前のことだと思いますが、その泣き方が尋常でなく、そして長い…。“パンケーキ事件”のようなことは本当によくあり、まさに日々が私達の忍耐力との勝負でした。

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