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終わりに

実際の子育てがどんなものかということなど、私は何も知らずにお母さんになりました。あれもこれも初めてで、毎日困ってばかりで、悩んだり落ち込んだりの連続だった気がします。それでも、自分が母親であるということはいつの間にかしっかりと体の中にしみ込んで、自分にとってごく当たり前のことになっているのを感じます。それは、私が子リスのために何か特別の努力をしたから、ということではなく、ただ毎日子リスを抱いたり触れたりして来た、その感覚が育ててくれたものではないかと思っています。
子リスが生まれる前も、生まれてからも、私は、ちょっとやそっとのことではではめげない、いつもゆったりと構えているお母さんになりたいと思っていました。でも残念ながら、子リスが生まれてからの6年余りを振り返ってみると、私は、自分が理想とするお母さん像とは程遠く、情緒不安定だったり、感情に任せて怒ったりする、本当に未熟な親だったなあ、と反省することばかりです。でもそんな中で、心がほっと和んで優しい気持ちに戻れた瞬間を思い出してみると、やっぱり子リスをぎゅっと抱っこした時だったように思います。抱きしめることで、子どももお母さんも、心を育てていくのかも知れません。

お母さんになることは、素直に赤ちゃんを抱くことから始まるのだと思います。何の知識もなくても、泣いている赤ちゃんを見たら抱き上げたくなる、とか、お腹が空いているかもしれないからおっぱいをあげてみようと思う、とか、そういうことは全て自然の営みの中にあるはずです。むしろはじめから、子育てのマニュアルを与えられ過ぎると、その自然な気持ちのほとばしりに気づく間がなくなってしまうかもしれません。赤ちゃんが生まれたらすぐに自分の胸に抱いて、自分の肌から離さずにその体温を感じつづけることで、お母さんは赤ちゃんのいろいろなことを知ることが出来、また、自分の中にある母親になる種も芽を出すのではないでしょうか。初めてお母さんになった人のそばに必要なのは、「抱っこしたい」とか「おっぱいをあげたい」という一番基本的な気持ちの芽生えを、気付かせ見守ってくれる人なのではないか、という気がします。

お母さんの胸は、赤ちゃんが生きるための栄養を供給すると同時に、子どもが一番安心出来る“部屋”としての役割も持っています。おっぱいを飲んでいる期間が何年であろうと、何日であろうと、また、母乳でなくミルクの授乳でも、お母さんの胸は、子どもにとっては、何かがあった時に帰ってくる場所、ひとつの世界です。そしてその世界の記憶は子どもの心の中に、暖かさと共に残っていくのだと思います。
子リスは男の子だからお母さんになることはありませんが、胸の中に育んだ優しさがあるならば、それで自分の愛する人を包み込む世界が作れる筈です。子リスには、そんな男性に育ってほしいと願っています。長いおっぱい生活がそれに少しでも役に立ったら、母としてこんなに嬉しいことはありませんし、力尽きた私のおっぱいも、きっと本望に違いありません。

さて、甘えん坊子リスは、これからどんな風に成長していくのでしょう…?