<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0">
   <channel>
      <title>おっぱいの話</title>
      <link>http://www.j-bloom.com/oppai/</link>
      <description></description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2006</copyright>
      <lastBuildDate>Wed, 15 Nov 2006 00:11:45 +0900</lastBuildDate>
      <generator>http://www.sixapart.com/movabletype/</generator>
      <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs> 

            <item>
         <title>鉄壁のおっぱい</title>
         <description>病院も手術の日取りも決まり、私達はようやく一息つくことが出来ましたが、考えてみればそこまでが随分、長い道のりでした。
病院で受ける色々な検査で、授乳中ということを考慮してもらうのも、思いの外手間が掛かることでした。胃カメラやＣＴ，ＭＲＩなどの検査には薬を使うため、その度に、授乳中であることをお医者さんや検査技師に伝えます。すると、その薬が母乳にどれぐらいの影響があるかという判断が、どうもはっきりしないのです。
（お母さんが薬を飲むと、それは微量であっても必ず母乳の中に出るのだそうです。ただし、それで授乳を止めなければならない程の影響を持つ薬は限られていて、授乳を続けるメリットの方が大きい場合が多い、ということも、ラ・レーチェ・リーグで学びました。）
結局、危険性の程度などを示してもらえないまま、「授乳中ねえ…取り敢えずしばらく母乳は止めて。」と言われて困ることもありました。おっぱいを何日か止めるということは、おっぱいにとっても、子どもにとっても、そう単純なことではないのです。「取り敢えずしばらく」なんてカンタンに言ってくれるな、という気持ちでした。それで私は、友人で助産師のアカネちゃん（そう、私に母乳育児をスタートさせてくれた彼女です。）に電話をして指示を仰ぎました。彼女の先生が、母乳の専門家なのです。そして、どうしても使わなければならない薬以外は使わない、母乳に出る薬の分量が心配ないとされる時(実際、殆どの場合、授乳を続けても差し支えないと言われました。)は授乳を続ける、というやり方で色々な検査を受けました。

ＭＲＩを受けた時のことは忘れられません。この時は２回目のＭＲＩで、血管から造影剤を入れての検査でした。造影剤を注射されても気分が悪くなったりもせず、無事に検査が終わりました。ところが、家に帰ってしばらくした時、急に胸のあたりに違和感を感じたのです。少し痒みもあります。服を上げて見てみると、何と、胸の部分に一面、うす赤い発疹が出ているのです。しかもよく見ると発疹は、おっぱいの形に広がっています。「なにこれ！」と私はビックリして、近くの皮膚科に駆け込みました。皮膚科の先生は首を捻り、「何だろうね。考えられるのは造影剤アレルギーだけど、飲み薬を飲んで、明日まで様子を見ましょう」。
そして次の朝、おそるおそるパジャマをめくって胸を見てみると…何と、昨日よりくっきりと、おっぱいの形に、濃い赤色が出ているのです。（つまりビキニの日焼け跡の逆の状態です）皮膚科に行くと、「ほぼ間違いなく造影剤の影響でしょう。」ということでした。授乳は続けてよいといわれたので、子リスにおっぱいを飲ませましたが、子リスが赤いパイパイにびっくりするといけないので、服で胸を隠して、見せないようにしておっぱいをあげました。

これは私の勝手な解釈ですが、おっぱいは必死に、子リスが飲む母乳を造影剤から守ったのではないでしょうか。だって、本当におっぱいのところだけが真っ赤になったのです。事実、おっぱいが異物をろ過する力は、例えば胎盤のそれと比べてもずっと強く、赤ちゃんが飲む命の素を守る、超高性能フィルターの役割をするのだそうです。すごい、鉄壁パイパイ！</description>
         <link>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/10/post_15.html</link>
         <guid>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/10/post_15.html</guid>
        
        
         <pubDate>Wed, 25 Oct 2006 00:31:23 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>後追い</title>
         <description>さて、手術が決まってから、夫と私は夜な夜な、入院中の生活について計画を練らなければなりませんでした。入院期間は4泊5日。その間、子リスは私と離れて夜を過ごさなければなりません。おっぱいっ子の子リスにとって、初めての経験になります。そう長い入院ではありませんが、この世に出てきて18ヶ月しか経っていない子リスにとっては、さぞ長い時間に感じることだろう…病院は家から車で2時間もかかるんだから、毎日通うのは大変すぎる、かといって、家で夫と子リスが二人っきりで5日間も生活するなんて考えられない…という訳で、思い切って病院のすぐそばにホテルをとり、夫がそこで仕事をしながら子リスの面倒をみるということになりました。（夫が、コンピューター一つあればどこでも出来る仕事をしていたのが幸いでした。）

その頃、子リスの「後追い」が急に激しくなって来ました。一瞬でも私の姿が見えないとパニックに陥り「マーマー！」と怒ったように叫び、私が台所にいるのが見えていても、ふとした拍子に何かに怯え、「マーマー！コッチきてー！」と泣いていました。入院中の計画をいくら練っても、いろいろな心配は尽きませんでしたし、それにもし腫瘍が悪性だったら…と考えて眠れないこともありました。子リスは、そうやって不安に過ごしていた私の様子を敏感に感じ取っていたのかもしれません。</description>
         <link>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/10/post_16.html</link>
         <guid>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/10/post_16.html</guid>
        
        
         <pubDate>Wed, 25 Oct 2006 00:52:56 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>子リスに話す</title>
         <description>ある日、私は子リスに、入院のことをきちんと話してみることにしました。子リスを膝に乗せて、大きなカレンダーを見せます。「今日はこの日ですよ。それから明日、あさって。それからその次の日…。」それから、「入院」と記してある日を指差して、「この日になったら、ママは病院に行くの。ママの胸の中にイタイイタイが出来たんだけど、それを病院で取ってもらうの。」子リスはじーっと私の目を見て、黙って聞いています。「それで、この日と、次の日と、その次の日はね、」と言いながら、私は手術日とその後2日にマークを付けました。「この３つの日は、ママはパイパイが痛いから、子リスくんはパイパイ飲まないで我慢できるかな？」すると子リスは、「ウン。」とかわいく答えました。

カレンダーの説明を、子リスがどこまで理解できたかはわかりません。でも、ママが病気で、ボクはパイパイを、1、２、３つの日ガマンする。という様なことはある程度伝わったのではないかと感じました。少なくとも、「どうやらママが大変らしく、ボクにお話をした。」ということには、納得したような「ウン」に聞こえました。</description>
         <link>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/10/post_17.html</link>
         <guid>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/10/post_17.html</guid>
        
        
         <pubDate>Fri, 27 Oct 2006 00:16:17 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>入院</title>
         <description>そしてついに入院の日がやって来ました。持っていく荷物の中で、私の入院用品はカバン一つ分だけ。残りは殆ど、子リスのものです。洋服・オムツ・おもちゃ・絵本・お菓子・お気に入りのビデオ・クリームや薬などの子リスケア用品…。引越し？というぐらい車に詰め込んで、私達は病院に出発しました。

この日だけ、夫と子リスも私の病室（個室）に泊まります。子リスは昼の間ずっと、病室の窓から外を見たり、ベッドに登ってみたり、持ってきたおもちゃで遊んだり、売店でジュースを買ってもらったりしてゴキゲンに過ごしました。
やがて夜になり、消灯時刻が近づいたので、夫が子リスを寝かしつけようと、病院の屋上に連れて行きました。そしてものの15分か20分ぐらい経った時、ぐっすり眠った子リスを抱いて、夫は戻って来ました。「えっ、寝たの？」「うん、寝たんだよ…。」いつもなら、ちょっとでも普段と変わったことがあった日はなかなか寝付かず、1時間も2時間も苦労するのに。しかも、おっぱいを飲みながらでなければ眠れない子なのに。いつだったかどこかで、子どもは小さくても、泣いても仕方がない時は泣かないものだ、という話を聞いたことがありました。子リスももしかしたらこの時は、何か特別なものを感じていたのかもしれません。子リスは私の隣に寝かされ、狭いベッドで朝まで一緒に眠りました。</description>
         <link>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/10/post_18.html</link>
         <guid>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/10/post_18.html</guid>
        
        
         <pubDate>Fri, 27 Oct 2006 22:57:25 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>手術</title>
         <description>あくる日は手術です。実は、手術の前のことを私はよく覚えていません。というのは、手術室に行く前にする、緊張をほぐすための注射（プレ麻酔？）で、私は既にどろどろに眠くなってしまっていたからです。（お酒に弱い人は麻酔もよく効くんだそうですネ。）
名前を呼ばれて気が付くと、手術は終わっていました。病室に運ばれベッドに載せてもらうと、子リスが枕元にやって来ました。「大丈夫だよ」と言うと頷いて、夫のところに戻り、「パパ、ビッケちょうだい。」とビスケットをねだっています。まだ麻酔が覚め切らず、朦朧とした意識の中で子リスを見ていると、引っ切り無しにビスケットを欲しがっていることに気が付きました。まるでビスケット中毒にでもかかったかのように、「ビッケ、ビッケ」と夫からビスケットをもらっては食べています。お菓子でもご飯でも、そんなに食べ物を欲しがる子ではなかったので、余程お腹が空いているのだろうかと始めは思っていましたが、後で気付きました。
子リスは、おっぱいがないので口寂しかったのです。何しろ子リスは、朝から晩まで、ことあるごとに（なくても）おっぱいを吸って暮らしていたのです。朝目が覚めた。ゴハンを食べ終わった。一つの遊びが終わった。転んだ。どこかにぶつかった。ちょっと疲れた。眠くなった。悲しくなった。あとは、何となくおっぱいのことを思い出した。ありとあらゆる理由で、「パイパイ。」と私のところにやって来ては、勝手にシャツをめくり、チュッチュッと吸って、機嫌を直したり気分転換をしたり、泣き止んだり、一休みをしたりしていたのです。「おしゅくりパイパイ」（どこかを痛くした時お薬になるパイパイ）とか、「きゅうけいパイパイ」、なんて名前の付いたのもありました。その習慣を急に止められたのですから、子リスは（無意識にしても）、随分戸惑ったに違いありません。</description>
         <link>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/10/post_19.html</link>
         <guid>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/10/post_19.html</guid>
        
        
         <pubDate>Fri, 27 Oct 2006 23:35:09 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>それぞれの夜</title>
         <description>ところで、おっぱいのリズムが狂ってとまどったのは、子リスだけではありませんでした。それまでと変わらないペースで母乳を生産し続けるおっぱいも、突然“お客さん”が来なくなって面食らった様でした。手術をした次の日の夜には、おっぱいはもう、はちきれそうになっていました。でも私はまだ、術後の痛みで腕を動かすことも出来ず、呼吸も苦しい状態だったので、とても搾乳など出来ません。
すると担当の看護婦さんが、「私がお手伝いしてもいいでしょうか？やり方を教えていただければ、私がやります。」と言って下さったのです。それで、たらいの中にバスタオルを敷いて持って来てもらい、絞り方を説明して搾乳をしてもらいました。（このやり方もラ・レーチェ・リーグの集いで教わったものです。）まだ若い看護婦さんで、勿論授乳経験もなかったのですが、私が絞り方を伝えると、一生懸命その通りにして下さって、そのお陰でおっぱいの苦しさが取れました。そして彼女は私に、「勉強になりました。ありがとうございました」と言うのです。本当に、よくそこまでして下さったと、あの看護婦さんには今も心から感謝しています。

ただ、手術後の胸の痛みそのものは、私がそれまでに経験した痛みの中では最も強いものでした。何度か痛み止めの注射を打ってもらいながら、少し眠っては痛みと苦しさで目が覚める、ということが二晩続きました。

一方、夫と子リスは…。手術の日は、一日中バタバタしてさすがに疲れたらしく、夜にホテルに戻ってお風呂に入ると、子リスはコトンと寝たのだそうです。これで、「おっ、案外大丈夫かも…」と夫も、話を聞いた私も思ったのですが、二晩目はそうは行きませんでした。お風呂に入り、ベッドに寝かされた子リスは、急に「ママとこいく。」と言い出したのだそうです。夫が、「ママはまだイタイイタイだからね。子リスはパパとここで寝ようね。」となだめましたが、子リスは聞きません。「ママとこいくぅ～」と駄々をこね始めました。仕方なく夫は子リスを抱いて外へ出ました。でも本当にママのところに行くわけには行きません。時間を稼いでその間に寝かせようという作戦です。まず「ママにお土産買って行こうな。」と、２４時間空いているスーパーに寄ってヨーグルトを買います。そして「ママとこいくぅ～！」と泣く子リスを、「よしよし、行こうな」とあやしながら、普通に歩けば１０分で着く病院までの道を、ゆっくり、ゆっくり、歩きます。泣き疲れて子リスは段々眠くなって来ます。よし、寝る…、と夫が思ったその時、後ろからサイレンを鳴らした救急車が来て、子リスはまた「ママとこ～」と起きてしまう…というのが３回ほどあり、結局、子リスが眠ったのは、ホテルを出てから１時間半後だったそうです。子リスはその当時１０．２キロ。それを抱いて歩き続けた夫は、ホテルに戻って子リスをそっとベッドに置くと、自分もその隣に倒れこみました。</description>
         <link>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/10/post_20.html</link>
         <guid>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/10/post_20.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sat, 28 Oct 2006 23:46:17 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>あさって</title>
         <description>手術の日とその後２日間は、私は痛みと苦しさで、正直なところあまり子リスの心配をする余裕がありませんでした。その間子リスは、「ママのとこ行く～」と泣くことはあっても、おっぱいをねだることは一度もありませんでした。朝、ホテルから病院に来ると、私の枕元にやって来て、思いきりアップで私の顔を覗き込みながら「あしゃって（明後日）飲めるのねー。」と確認します。私が頷くと、自分でもウン、ウン、と頷いて、納得している様でした。やっぱり、カレンダーの話を分かっていたんだ…。小さくても、ちゃんと話せば分かるんだ…と、私は子リスの様子にすっかり感心してしまいました。

４日目の朝、漸く主治医の先生の許可が出て、授乳を再開出来ることになりました。その朝も子リスは、元気に私の枕元にやって来ました。そして、
「あしゃって飲めるのねー。」
「もう『あさって』になったよ。」と言うと、子リスは「え？」という顔で私を見ています。私がもう一度、「今日が『あさって』だよ。パイパイ、飲んでいいよ。」と言うと、子リスは「ママはこう言ってるけど?」という様に、そばにいた夫と私の母の方を見ました。２人に、「いいんだよ。よく我慢したね。いっぱい飲みなさい。」と言われて、子リスはちょっと恥ずかしそうに、私にくっついて来ました。
私がパジャマをめくっておっぱいを出すと、恐る恐る口に入れ、まだ「ホントに飲んでいいの？」と確かめるように上目遣いで私を見ながら、遠慮がちに飲み始めました。そして少し飲んだ後、ぱっとおっぱいを離して、私の顔をじーっと見ていました。本当に子リスは３日間、よく我慢したものです。
３日振りのパイパイ・タイムは、私にとってもほーっと一息つくような、穏やかな時間でした。</description>
         <link>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/10/post_21.html</link>
         <guid>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/10/post_21.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 30 Oct 2006 00:22:08 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>後姿</title>
         <description>さて、授乳を再開しても、まだ術後の痛みはかなり残っていて、とても子リスと一緒に眠れるような状態ではありませんでした。それで夜になると、子リスはホテルに帰ります。一度おっぱいを飲んだから、私から離れたがらないのではないか、と心配していたのですが、意外にも子リスは、「じゃあね、ママ、バイバイ。」とあっさり私に手を振りました。夫もこの頃にはだいぶ疲れとストレスが溜まって来ていて、もう一刻も早くホテルに戻ってシャワーを浴びて寝たい、という様子が見えています。
「子リス、行くぞ。」とトランクを持ち（殆ど毎日、ホテルから病室まで、子リスのものが入ったトランクを運んでいたのです。）病室を出て行きます。子リスは夫を手伝って、自分より大きなトランクを一生懸命押しています。
私は病室の戸のところで二人を見送りながら、急に寂しくなって涙が出てしまいました。痛みがひどかった時は寂しさを感じる余裕がなかったけれど、少し回復して来たものだから、あれこれ思ってしまうのです。「ママといたい～」「パイパイ～！」と駄々をこねるかと思ったのに、あんなにきっぱりと、後ろも振り返らずに行くなんて。
私はあの時の、トランクを押す子リスの後姿が忘れられません。初めて、我が子の成長を寂しく思った瞬間だったのかもしれません。

その２日後、私は無事、退院しました。病院の先生方、看護婦さん達には、本当にお世話になりました。あの病院に入院出来てよかったと、今でも思います。</description>
         <link>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/10/post_22.html</link>
         <guid>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/10/post_22.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 30 Oct 2006 22:09:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>公園で…</title>
         <description>退院して数週間が経ち、私の体調もだいぶ元に戻って来ました。ある日の夕方、私と子リスは車で、開店したばかりのドラッグ・ストアに買い物に出掛けました。買い物が済んでお店を出た時、目の前に小さな公園があるのを見つけました。
「こんな所に公園があったんだねえ。」
普段あまり行かない場所なので、知らなかったのです。子リスはすぐに砂場めがけて駆け出して行きました。誰かが忘れていったらしい小さなシャベルがありました。公園には他に誰もいません。子リスはそのシャベルで砂を掘りながら、「おすなばセット、もってくる？」と言います。もっといろいろな道具で遊びたくなったのでしょう。でも、もう夕方だし、寒くなって来ていたので、
「今日は帰って、明日来ようね。」
と言うと、子リスは
「ママ行ってきて。」
驚いて「えっ、子リスは？」と聞くと、
「ここでまってる。」
と言うのです。待ってると言っても、ここは家の前というわけではありません。
「それはだめ。あぶないから。」と言っても、
「だいじょうぶ。まってる。」
と聞きません。（もうこの頃から、言い出したら聞かない性格が見え始めていました。）私は、行く振りをしたら追いかけて来るかもしれないと思い、「じゃあね、ママ行くよ。」と言って歩き出してみました。時々後ろを振り返って見ると、子リスはこちらをちらっ、ちらっと見ていますが、追いかけて来る様子はありません。仕方がないので私は、そのまま公園の門の所まで歩いて行って、門の陰から子リスの様子を見ていました。子リスは時々顔を上げて見ては、また下を向いて、一心不乱にシャベルで砂を掘っています。
その様子を見ているうちに、私は急に、切なくてたまらない気持ちになりました。
一瞬でも私の姿が見えなくなると、パニックに陥ってあんなに泣き叫んでいた子リスが、「まってる」と言って一人で遊んでいるのです。私が絶対に戻って来る、と信じている子リスの心が、私の胸に痛いほど響いて来ました。「ママはボクのところに戻ってくるんだ」ということが、私の入院で子リスが得たものだったのかも知れません。

私は門から駆け出して行って、子リスを抱き上げました。
「もうきたの、ママ？」
「ううん、一人で行くのがさびしくなったから、戻って来ちゃった。子リス、一緒におうちに帰ろう。」
と言うと、子リスは不思議ともう駄々をこねず、
「うん。」と頷きました。私は子リスを抱いて歩きながら、しばらく涙が止まりませんでした。
あの時、どうして急にあんなに切ない気持ちになったのか、今でもよくわかりません。ただ、まあるくなって、一生懸命に砂を掘りながら、私が戻るのを待とうとしていた小さな子リスの姿は、きっと一生、私の胸に残っていくだろうと思います。</description>
         <link>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/11/post_23.html</link>
         <guid>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/11/post_23.html</guid>
        
        
         <pubDate>Wed, 01 Nov 2006 22:17:56 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>おっぱいの飲み方</title>
         <description>公園での出来事を、その後、学生時代の先輩で社会学者であるＹさんに話す機会がありました。するとＹさんは、「それはまさに、子どもが人間関係における基本的な信頼の感覚を身につける体験だ」というのです。つまり子どもは、一番近い存在である母親が自分から離れることで不安を抱き、その後母親が自分のもとに戻って来て安心する、という体験をすることで、「信頼」というものを学ぶのだそうです。図らずも子リスは、１歳７ヶ月でそういう体験をしたことになるのでしょうか。
ともかく子リスはそうして、安心も手に入れ、離乳の危機（チャンス？）も乗り越えてしまったものだから、その後は見るからにのびのびと、パイパイを楽しんでいました。

ところで、おっぱいの飲ませ方にはいろいろな方法があるようです。初めてお母さんになった人のための本には、おっぱいを飲ませる時の赤ちゃんの抱き方の例が、幾つか紹介されています。「横抱き」「縦抱き」「添い寝での授乳」の他に「ラグビー抱き」なんていうのもあります。普通は、新生児は横抱きで、首が座ったら縦抱きもＯＫ、それに夜の授乳は添い寝で、といったところが定番でしょう。
子リスも１歳半ぐらいまでは、そのバリエーション内での飲み方をしていました。ところが２歳近くなって、動きが活発になるに連れ、おっぱいを飲んでいる時でさえじっとしていられないことがあり、パイパイ・タイムは必ずしもゆったりとしたものではなくなって来ました。まず、仰向けに寝ている私のところにやって来て、いつものように勝手に服をめくり、おっぱいを口に入れます。ここまではいいのですが、その後がタイヘンです。子リスはおっぱいを口に入れたまま、私の上を３６０度回転したり、足を片方上げてバランスを取ってみたりするのです。
ラ・レーチェ・リーグの集いでこの話をすると、意外にも沢山の赤ちゃん（や、もう赤ちゃんとは呼べないおっぱいっ子達）が、そうやってお母さんの体の周りで運動（？）しながらおっぱいを飲んでいる、ということがわかりました。こういうのを、「アクロバット飲み」と言ったりするのだそうです。なるほど、まさに、アクロバット。そうまでして飲まなくてもよさそうなものですが、きっと、そうすることで落ち着く何かがあるのでしょう。</description>
         <link>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/11/post_24.html</link>
         <guid>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/11/post_24.html</guid>
        
        
         <pubDate>Thu, 02 Nov 2006 23:06:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>いつまで飲む？</title>
         <description>２歳を過ぎると、デパートなどの授乳室でも、さすがに目を引く大きさになって来ますが、当の子リスは全く平気です。おっぱいを飲んでいる口をちょっと離して、「ママ、ここの『あかちゃんのへや』はちょっとせまいねえ。」などとお喋りしてから、またおっぱいに戻って飲み始めたりして、いい気なものです。

私のふるさとでは、「昔は学校が終わると、一年生の子どもなんかは、畑仕事をしている母親のところへ飛んで行って、『かあちゃん、乳っこ飲ませろ』と言っておっぱいを飲み、人心地ついたところで遊びに行ったもんだ」などという話をよく聞かされました。おそらくその影響もあって、私は、離乳時期はなるべく自然に任せたいと考えていましたが、それでも漠然と、きっと３歳になる頃には、そろそろ子リスも卒乳することになるのだろう、とも思っていました。
でも、３歳の誕生日を迎え、だいぶ幼児らしく（つまり乳児ではなく…）なって来ても、子リスのパイパイ好きは衰えを見せません。時々、子リスの自覚を促そうと、「子リスもだいぶお兄ちゃんになってきたね」とか、「もう何でも食べられるね」とおだててから、「そろそろパイパイはさよならしようか？」と聞いてみたりしましたが、子リスは、
「パイパイはずっと飲むの。」と言い張ります。
「ずっと？」
「４歳になったら、ありがとう、ってするの。」
ふーん…。４歳になったらねえ…。２歳の時は「３歳になったら」って言ってたなあ。
一体、いつまで飲むつもり？</description>
         <link>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/11/post_25.html</link>
         <guid>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/11/post_25.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 06 Nov 2006 23:30:23 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>パイパイのうた</title>
         <description>私が離乳させようとしているのを感じたのか、子リスはその後、一層おっぱいから離れたがらなくなってしまいました。
そんな子リスの様子を見ているうちに、段々私も、離乳を意識するのは一旦やめて、こうなったら子リスのパイパイ三昧に、とことん付き合ってあげようという気になって来ました。そう思って見ると、子どもって本当におっぱいが好きなんだなあ、と感じることが出来ます。また、大きくなって知恵がついたり、言葉での表現が広がった分、いろいろな形でおっぱいを楽しんでいるのを見ているのも、面白いものです。
お絵描きをするようになればパイパイの絵を描き、砂場で型抜きをするようになれば、パイパイを作ってくれます。（公園で「ママ、パイパイできた！」と叫ばれるのは少々恥ずかしかったですが。）

ある日子リスが、
♪マーマのパイパイはおいしいよー
と歌い出したので、

♪どーんな時に　おいしいのー？
と調子を合わせてみたら、

♪そーれはそれは…
と子リスが答えて、歌が出来ました。こんな歌です。


“パイパイのうた”　作詞・作曲：　子リスとママ

♪マーマのパイパイはおいしいよー
　どーんな時に　おいしいのー？
　そーれはそれは、泣いてる時と、泣いてない時に、おいしいんだーよー
　そーれはどんな　味なのよー？
　そーれはそれは、おさとうあじと、ミールクあじで　おいしいんだーよー
　そーれをのむと　どんなきもち？
　うれしいきもちー　♪

これを、押入れの上の段に上って（そこに登ると歌いたい気分になるようでした）、片足で拍子をとりながら歌うのです。
それからその後、もう一曲出来ました。こちらは夜寝る時にベッドに入ってから歌う、子リスのソロです。


“よるはくうくう　ねむりましょう”　作詞・作曲：　子リス

♪よーるはくうくう　ねむりましょう
　マーマにだっこして　ねむりましょう
　マーマのとなりで　くうくうくう
　パイパイのんで　くうくうくう
　くうくうくうくう　ねむりましょう　♪

これを歌う時子リスは、とびきり甘えん坊のキモチになるらしく、「よーるはくうくう」の後は「ねむりましょう」ではなく「ねむりまちょう」と歌います。
他の部分も全部、「マーマにだっこちて　ねむりまちょう」という調子です。

甘ったれ子リスは、こんな風に３歳時代を過ごしていました。
</description>
         <link>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/11/post_26.html</link>
         <guid>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/11/post_26.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 06 Nov 2006 23:48:24 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>パイパイが出てない！？</title>
         <description>３歳の終わり頃のある日、子リスがおっぱいを飲みながら、私に聞いて来ました。
子リス：　「ママ、パイパイ出てると思う？」
私：　「えっ、出てないの？」
子リス：　「出てない。…あ、出た。」
私：　「パイパイ、出るまでに時間がかかるの？」
子リス：　「そう、この頃、最初は出ないの。」
私：　「へえー、そうなの。」
こんな会話が出来るまでおっぱいを飲んでいるということはモンダイですが、でも、そこまで飲んでいるからこそ、こういったおっぱいの事実を本人から聞けるというものです。私のおっぱいの出具合を、一番知っているのは子リスなのですから。

おっぱいの出が悪くなったのには理由があります。子リスのパイパイ三昧も一段落したように思えた秋頃、私はさすがに、今度こそ離乳を考えた方がいいのではないかと思い始めました。何しろ、４月から幼稚園に行くのです。そこでまず、一日に飲むおっぱいの回数を決めることを提案しました。

私：　「子リス、パイパイを飲むのは、一日の中でどうしても飲みたい時だけにして、
　　　後はたくさん、遊ぼうよ。」
子リス：　「わかった。」
私：　「わかった？よし！じゃあ、子リスはいつが“どうしても飲みたい時”？」
子リス：　「えーとね、朝起きた時と、朝ごはんの後と、お昼の後と、夕方テレビを見てる
　　　　　時と、夕ご飯の後と、夜本を読んでもらう時と、寝る時。それだけにする。」
それだけって、それじゃあ、今のままなんだけど。
私：　「もう少し、減らした方がいいと思うよ。その方が、いっぱい遊べるよ。」
子リス：　「そうかあ。じゃ、どうする？」

いろいろと話し合った結果、朝起きた時・夕方テレビを見る時・夜寝る時の３回だけ、ということになりました。そしてそれを実行し始めて間もなく、私は自分で、おっぱいが出なくなっているのを感じました。やっぱりおっぱいは、飲ませれば出て、飲ませなければ出なくなるのです！おっぱいはきっと、「やれやれ、やっと引退させてもらえる…」と思っていたことでしょう。

さて、おっぱいがあまり出ないということは、子リスにとってはちょっと寂しいことのようでした。それでも、色々な遊びが忙しくなるに連れて、段々、昼間はおっぱいのことをすっかり忘れているようになりました。そして次第に、朝起きた時と夜しか飲まなくなり、しかも飲む時間も１分足らずになり…そうしているうちに、ついにおっぱいは、全く出なくなったのです。</description>
         <link>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/11/post_27.html</link>
         <guid>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/11/post_27.html</guid>
        
        
         <pubDate>Tue, 07 Nov 2006 22:13:47 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>やっぱりパイパイがすき</title>
         <description>私は時々、こんなにおっぱいっ子の子リスは、一体どういう形で離乳を迎えるのだろうと考えていました。約束をしてきっぱりとやめるのか、それとも何日か泣くことになるのか…。でもまさか、おっぱいの方が力尽きて（？）出なくなるとは、想像していませんでした。
中身が出なくなっても、子リスが朝・晩におっぱいに吸い付いてくる習慣は変わらず、これを卒乳と言ってよいのかどうか、ちょっと迷うところではありました。でもとにかく、おっぱいは「飲む」ものでなくなり、そしてその後子リスの、おっぱいに対する態度も少しずつ変わって来たように見えました。何と説明したらよいのか…子リスにとって「自分のもの」だったおっぱいが、「ママの一部」になったような感覚です。それがいつだったのかもはっきりしませんが、多分５歳を迎えた頃には、だいぶおっぱい離れが出来ていたような気がするので、その頃を「何となく」の卒乳期と言っておこうか、というのが本当のところです。何とも曖昧な、よく言えば自然な形での卒乳（？）となりました。

子リスは今でも、ちょっと不安な気分の朝など、私が歯磨きをしているところへやって来て、Ｔシャツの中にもぐりこんで来たりします。Ｔシャツの襟のところから中を覗いてみると、子リスはおっぱいのところに自分の目や鼻のあたりをくっつけてじーっとしています。そこは子リスの「安心の部屋」のようにも見えます。昔私が感じたような「ママの胸の世界」を、子リスも感じているのでしょうか。
いずれ私の胸に顔をうずめることがなくなるほど成長しても、今の安心の感覚が心の奥に根付いて、不安なことがあった時には子リスを包んでくれるといいなあ、と願っています。</description>
         <link>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/11/post_28.html</link>
         <guid>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/11/post_28.html</guid>
        
        
         <pubDate>Fri, 10 Nov 2006 23:51:16 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>終わりに</title>
         <description>実際の子育てがどんなものかということなど、私は何も知らずにお母さんになりました。あれもこれも初めてで、毎日困ってばかりで、悩んだり落ち込んだりの連続だった気がします。それでも、自分が母親であるということはいつの間にかしっかりと体の中にしみ込んで、自分にとってごく当たり前のことになっているのを感じます。それは、私が子リスのために何か特別の努力をしたから、ということではなく、ただ毎日子リスを抱いたり触れたりして来た、その感覚が育ててくれたものではないかと思っています。
子リスが生まれる前も、生まれてからも、私は、ちょっとやそっとのことではではめげない、いつもゆったりと構えているお母さんになりたいと思っていました。でも残念ながら、子リスが生まれてからの６年余りを振り返ってみると、私は、自分が理想とするお母さん像とは程遠く、情緒不安定だったり、感情に任せて怒ったりする、本当に未熟な親だったなあ、と反省することばかりです。でもそんな中で、心がほっと和んで優しい気持ちに戻れた瞬間を思い出してみると、やっぱり子リスをぎゅっと抱っこした時だったように思います。抱きしめることで、子どももお母さんも、心を育てていくのかも知れません。

お母さんになることは、素直に赤ちゃんを抱くことから始まるのだと思います。何の知識もなくても、泣いている赤ちゃんを見たら抱き上げたくなる、とか、お腹が空いているかもしれないからおっぱいをあげてみようと思う、とか、そういうことは全て自然の営みの中にあるはずです。むしろはじめから、子育てのマニュアルを与えられ過ぎると、その自然な気持ちのほとばしりに気づく間がなくなってしまうかもしれません。赤ちゃんが生まれたらすぐに自分の胸に抱いて、自分の肌から離さずにその体温を感じつづけることで、お母さんは赤ちゃんのいろいろなことを知ることが出来、また、自分の中にある母親になる種も芽を出すのではないでしょうか。初めてお母さんになった人のそばに必要なのは、「抱っこしたい」とか「おっぱいをあげたい」という一番基本的な気持ちの芽生えを、気付かせ見守ってくれる人なのではないか、という気がします。

お母さんの胸は、赤ちゃんが生きるための栄養を供給すると同時に、子どもが一番安心出来る“部屋”としての役割も持っています。おっぱいを飲んでいる期間が何年であろうと、何日であろうと、また、母乳でなくミルクの授乳でも、お母さんの胸は、子どもにとっては、何かがあった時に帰ってくる場所、ひとつの世界です。そしてその世界の記憶は子どもの心の中に、暖かさと共に残っていくのだと思います。
子リスは男の子だからお母さんになることはありませんが、胸の中に育んだ優しさがあるならば、それで自分の愛する人を包み込む世界が作れる筈です。子リスには、そんな男性に育ってほしいと願っています。長いおっぱい生活がそれに少しでも役に立ったら、母としてこんなに嬉しいことはありませんし、力尽きた私のおっぱいも、きっと本望に違いありません。

さて、甘えん坊子リスは、これからどんな風に成長していくのでしょう…？</description>
         <link>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/11/post_29.html</link>
         <guid>http://www.j-bloom.com/oppai/2006/11/post_29.html</guid>
        
        
         <pubDate>Wed, 15 Nov 2006 00:11:45 +0900</pubDate>
      </item>
      
   </channel>
</rss>
